味噌の種類と使い方

醤油の種類と使い方

北海道の味噌と醤油の歴史

日本人の食生活にとって、なくてはならない味噌と醤油。
まず、味噌は日本の先住民族が独自に工夫したものとする考え方が有力で、古くは「未醤」とも呼ばれ、奈良時代には市販されていたが、一般家庭では江戸時代までほとんどが手作りでした。 一方の醤油は古く、中国から伝えられた醤(ひしお)が原型となり、安土桃山時代に現在の醤油に近いものが出来あがったとされています。

北海道の歴史に味噌・醤油という文字が出てくるのは江戸中期に、開拓功労者である江差の商人、鈴鹿甚植右衛門が安政4(1857)年味噌6万樽を醸造して蝦夷地のほか、京・大阪・江戸などにも移出しようとする計画を立てた記録があります。
間もなく明治維新を迎え、明治2(1869)年に「開拓史」が設置され、蝦夷地が北海道と改称されました。明治4(1871)年篠路村に官営醤油醸造所が建設され、次いで明治10(1877)年と明治12(1879)年に札幌の街中にも第二・第三の味噌・醤油工場も建てられました。後にこれらの工場は、民間人に払い下げられることになりました。
  • ◇明治24(1891)年 福山醸造創業
  • ◇明治25(1892)年 岩田醸造創業(明治30年味噌醸造を開始)
  • ◇明治31(1898)年 今井呉服店による味噌・醤油醸造開始

その頃、北海道の主要生産物である大豆が農業開拓の進展と交通輸送手段の拡充により増産されるようになりました。良質の大豆が生産されるようになると、醸造業も盛んになり、明治35(1902)年には30工場になって、年間生産量は味噌2,775トン、醤油6,000キロリットルと順調に増加しました。
その後、大正年間に入り北海道第一期拓殖計画と第一次世界大戦の影響により、北海道は食料・資源の基地として更に大きく発展を遂げました。大正14(1925)年には、120工場になり、年間味噌11,250トン、醤油14,000キロリットルを生産するまでになりました。
  • ◇大正15(1926)年 北海道味噌醤油醸造組合連合会発足
  • ◇昭和2(1927)年  服部醸造創業
  • ◇昭和3(1928)年  日本清酒による味噌製造業開始
  • ◇昭和14(1939)年 北海道味噌醤油工業協同組合連合会発足
  • ◇昭和27(1952)年 北海道味噌醤油研究所発足

昭和年代に入っても順調な発展を遂げ、第二次世界大戦開戦の年、昭和14(1939)年には310工場にも達し、北海道味噌醤油協同組合連合会を設立することに至りました。昭和19(1944)年には、最高の生産量になる味噌34,000トン、醤油25,200キロリットルが造られました。終戦後、自由競争時代を迎えると小袋や瓶詰め包装の開発、スーパーマーケットを代表とする量販店の展開、さらにテレビCMによるマスコミの影響などによる本州からの移入量が大幅に増加し、北海道の企業を圧迫しました。それに対し、北海道の企業も再編を進め、生産体制を整え安全安心の品質重視志向により企業力を着実につけました。その結果、道内生産量は増大するとともに本州への移出も増加傾向を示しています。

そして今日、味噌については国内の生産量45万トンのうち7%を製造するまでになり、全国で5番目の生産地となっています。一方、醤油については、本格だし『昆布しょうゆ』のヒット商品を生み出し、道内はもとより本州への移出も増加傾向を示しています。
味噌醤油は栄養もあり、健康機能を有する食品として認識されています。
さらに朝の味噌汁の香り、夕食の煮物の香りには、心を癒すはたらきもあるように思われます。それほど食生活に深い関わりを持つ食品です。 これからも、食品の安全性および品質重視を業界の指針として掲げ、信頼される組合へ歩んでいきます。

【参考文献】
1.札幌市教育委員会編集:新札幌史(1991)
2.札幌史教育委員会編:さっぽろ文庫47、札幌事始(1979)
3.編者北海道:新北海道史 第9巻資料3(1980)
4.全国味噌工業協同組合連合会(社)中央味噌研究所:みそ文化誌(2001)
5.北海道味噌醤油技術会:道産みそ統一仕込試験成果報告書(1992)
6.福山卓爾:味噌の科学と技術 40(2)、45(1992)
7.大沼盛夫:北海道産業史(2002)